上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2012年8月9日

我が家の次男坊、無事誕生しました。

2012081514233424 [640x480]


2人目のお産は楽チン説を完全に信じ込み、
すぽーんと産まれてくるもんだと挑んだお産は、
微弱陣痛に始まり、悶絶の雄たけびを夜通し廊下に響き渡すこと、なんと約45時間。
ゴールの見えない長期戦に何度も心がくじけそうになりました。


つわりもなく、妊娠初期から身軽に行動していた私。
前回同様、出産直前まで水泳でもして、、、なんて思っていたのだけれど
中盤、みるみる大きくなるおなかに耐え切れなくなった肋骨が悲鳴を上げ
臨月で里帰りするころにはちょっとした買い物もきついほど、ひーひー、ふーふー。

肋骨痛と動悸が激しく、さらには早い時期から前駆陣痛もみられ、安静の日々。

最終的には羊水が多すぎるとの指摘もあり、
出産時の危険と、それに伴う胎児の検査も必要とのことで急遽転院、そして入院。

入院中はもし赤子に何かあったら、、と不安でいっぱいになり、
毎日医師の言葉尻を拾っては一喜一憂。
検査では臍帯が首に巻いているということも発覚し
うまく降りてこれなかった場合は緊急帝王切開もありえるとのこと。


夜、残業の合間に私の不安な気持ちを聞いてくれていた彼。

「ムスコと離れてひとりの時間をすごす機会なんて4年ぶりだし
このあともうひとり増えて忙しくなるんだから、こんな貴重な時間にくよくよしてないで
ゆっくり読書でもして、ありがたく楽しんだほうがいい」

「僕の友達も毎朝安産祈願してくれるっていうから安心して」

鬱々とすごす入院生活、そういうちょっとした言葉にどれだけ救われたことか。


前回ののほほ~んとした臨月生活とは違い、
今回は無事、元気に生まれてくること、無事、元気に産むこと、
それだけを祈ってその日を待つ、そんな入院生活が始まりでした。


予定日の1週間前、なんとなくこれは、、、というおなかの痛み。
そのときすでに7分間隔。このままお産につながるのでは、、、
という助産師さんたちの言葉にドキドキしつつすごすこと半日。
夜になり、付き添いの方を呼んでもいい、といわれ母に駆けつけてもらう。
しかし、陣痛室で痛みをふーふーと逃すも、なんだかそれ以上にも以下にもならず。
一向に進まないまま夜が明ける。

痛い、でもまだ確かにこれじゃない、、、

次の日、ムスコもお見舞いに来てくれるが、まだ話す余裕あり。

「お父さんお盆休みで帰るまで生まれちゃだめだよー、ってお願いしてたから
もしかして出てくるの待ってるのかもしれないね。もういいよーって言ってあげよっか」

「baby、もう出てきてもいいよー。お父さん待たなくてもいいよー。待ってるからねー。」

そうおなかに語りかけ、24時間付き添った母もいっしょにいったん帰宅した二日目の夜。


「ん?これはキテる?痛い、痛いぞー!」


本格的に痛みが強まり出して再び陣痛室へ。数時間仮眠をとった母も再び参上。
しかし、ここからがまだ長かった・・・


痛みだけはどんどん強くなり、もうフーフーと呼吸法をやっていられないほどで
痛みがくるたび声が漏れる、今回は叫ばない!とヨガで練習していた呼吸法もどこへやら。
下腹部の激痛に耐えかねて病棟に響き渡るほどの大声を上げる。
(そんな呼吸法やってられっかー!の心境)

これだけ痛い思いをしたのだから進んだであろう、と期待するのに
なんと二日前の3cmからまったく子宮口が開いていないと言われ愕然とする夜明け前。

なんでも羊水が多いので一度の痛みでアタマが下がろうとするけれど
また次の痛みまでの間にぷか~と元の位置に戻ってしまい、降りてこれないのだとか。

そ、そんな、、、じゃぁ、いったいいつになったら産まれるの、、、

ゴールがまったく見えない中でただひたすら耐え抜いたこの時間が一番つらかった。
前回の反省を活かしていたのは私ではなく母のほうで、
事前に何度も釘を刺しておいたのがよかったのか、
今回は慌てて医者を呼びに駆け出すこともなく
余計な掛け声で私を困惑させることもなく、ただ、黙って、じーっと私の背中をさすり、
痛みのたびに私が握るその手は、きっと指が折れちゃいそうに痛かっただろうけれども、
文句をいうこともなくじーっと手を差し伸べてくれていた。

人間、極限になると誰かに触れているということ、
誰かの腕に、手に、しがみついているということ、
これが、どれだけ精神的に安心感を与えるのか、つくづく実感。


二日目の夜が明けた。


意識ももうろうとし、過呼吸で手がしびれてきた。
そこで、ゴム風船を弾くような音ともに破水。

「羊水が多いと家や外出先で破水したときが怖い。
一気に中の圧力が変わるのでお産が急に進みすぎることがある」

そう聞いていたけれど、本当にその通りだった。

破水したと同時に急激に強まる痛み。
あふれ出すものすごい水の量。痛みの間隔が一気に縮まる。
今までとまったく違う、アタマが降りてきているのがわかるような痛み。
そして急激に開き始めた子宮口。

激痛に朦朧としながらも、
それでもとにかくなんらかの進展があったことに一筋の光。
そうしてあれよあれよという間に数名に抱きかかえられ分娩台へ。

「産んでいいんですか、、、おなか切らなくていいんですね、、、」

産まれた赤子の声より、私の雄たけびのほうがうんと衝撃的だったと思う。
外でひとり待っていた母は、赤子の産声が聞こえたと同時に
東京で出勤前の彼から電話を受けた。

「いま、たったいま、産まれたよ!!!赤ちゃんの声、聞こえる?」

そう、興奮気味に話した母だったというが、
私はできればその前の私の声も聞かせてやりたかったと思った。
今回立ち会えなかったけれど、どんな大変だったか。。。


元気な男の子ですよ、そういっておなかの上に渡してくれた。

元気な顔を自分の目で確かめるまで緊張した。
大きな声の産声を聞くまで心休まらなかった。

そうしてやっと私の胸の上に抱いた我が子はお兄ちゃんそっくり、
痛みから解放されたこと、お産が無事おわったこと、
こうして元気に生まれてきてくれたこと、
安堵感で胸がいっぱいになった。

「へその緒、自分でほどいて出てきましたよ!」


なんと首に二重に巻いていると懸念されていた臍帯は
出てきたときには解けていたとのこと。

きっと長い時間をかけておなかの中で一生懸命自分で解いていたのかもしれない。
私だけじゃなく、この子も45時間ずーっといっしょにがんばってたんだなぁ。


8月9日。
この日は妹の誕生日。

つまり、夜通し付き添ってくれた私の母は、
34年前の今日、同じように2人目を出産した、のだ。


無事、生まれてくれてありがとう。
命がつながるって当たり前のようだけどそうではない。
いろんなことを乗り越えて生まれてくる新しい尊い命。



2012080919213466 [640x480]

産後、かけつけたムスコが持ってきた手紙。
初めて書いたひらがな。初めてもらったおてがみ。

張り詰めていた気持ちがふっとゆるんで泣けた。ほんとに泣かされた。


無事の出産を祈ってくれた家族、息子、お友達、本当にありがとう。


大切に大切に育てていくからね。




















スポンサーサイト

重いわ、、、重い。

ポコのときはかなり身軽に動き回っていたのだけれど
やっぱり歳なのかしらねぇ、なんかもう毎日よっこらしょっという具合。

というわけで、ポンポコリンのおなかも早8ヶ月目。
ポコが学校に行き始め、久しぶりに満喫していたひとり時間も残すところあと2ヶ月ほど。
再び昼夜なき母親業に明け暮れる日々が迫っている模様。ふぅーっ。

「ひとりめには申し訳ないけど、ふたりめはとにかく無条件にかわいいよ~♪」

というお母さんの声を多々小耳に挟むのですが
今は半信半疑のその言葉、本当に実感する日がくるのでしょうか。

初めての妊婦生活は
自分のカラダの変化していく様がまずとっても驚異的で興味深く
その変化を楽しみながらじわじわと母になる実感をかみしめていたのだけれど
今回は申し訳ない、今、目の前で大暴れしている頑固息子との格闘にてんやわんやで
ちーっともかまってあげていない、このおなか。

ごめんよ~。
お兄ちゃんが学校行ってる間にめいっぱいかわいがってあげるから
すくすく育って元気に出てくるんだよ。


さてさて。

こんなんで本当に赤ちゃん出てきたらどうすんだ!というほど
荒れに荒れていたうちのムスコ。

毎日怒り渦巻く家の中で
対応できずに怒鳴り、怒鳴ったことに自己嫌悪になり、
穏やかになれないムスコを思って、叱った自分に涙し、
本当に抜け出せないトンネルの中で精神的にずいぶんつらい日々が続いていた半年間、
ここに来て、突然、ふっとそのトンネルから抜け出す光が見えてきました。

5月のGWに実家に長期帰省していたのがきっかけ。
まぁ、みんなが相手してくれるし、学校という友達間のストレスもないし、
一時的なものだろう、、と期待していなかったのだけれど
その一時的な休息が、実は私自身にとってものすごく意味のある休息となったよう。

休みを終えて東京に戻ってからも
ムスコは基本的にとっても穏やかで機嫌もよくなり、滅多に怒らなくなった。
そして怒ったとしても、その頻度が激減した今、
私もその怒りに気持ちを持っていかれることなく、冷静に言い聞かせることができるようになった。
すると、今までは収まりきらなかったムスコの怒りも短時間で鎮まり、
暴れたり、怒鳴ったり、タイムアウトしたり、、、ということもまったくなくなったのです。

ムスコが先か、私が先か、、、

怒りの相乗効果が断たれたことで好転したムスコの態度。
ここ1ヶ月は今までの苦労を思い返すと感慨深いほど
穏やかに仲良くすごす日々が戻ってきました。
あぁ、もう、本当に本当によかったぁ(涙

年齢的な時期だったのか、
引っ越した後馴染むまでのストレスだったのか、
母の身体の変化を感じたムスコの受け入れられない反抗心だったのか…

アタマではわかっていても、いざ毎日の生活に赤ちゃんが突然参加してきたら
また同じような状況に陥るかもしれないけれど
でも今は「きっとまた抜け出せる」と信じて乗り越えられるような気がします。


ニコニコご機嫌でやさしいムスコはとーってもかわいい。
とーってもかわいい、と思えたことは私にとってとーっても大きい。


こうして私もムスコも
新しい命を迎えるにあたって、心の準備を一歩ずつすすめています。


あ、そういえば、お父さんはどうなんだろう?
心の準備できてんのかな?(笑


真夏の臨月、ひーひー、ふーふー、あとひといき。
母ちゃん、がんばります!


(まぁ産まれてからの方が大変なのは重々承知だけどね)




























20120408160316 [640x480]
さくら~さくら~♪


ムスコが産まれた4年前は
日本で桜を見る機会に恵まれたけれど
産前産後で花見を楽しむ余裕などなく。

つぼみから五部咲き、満開へと
毎日桜の開花を見守り、その木の下をくぐりぬけたのは
実に10年ぶりのこと。


越してきてから今まで、何の木かも知らずに通り過ぎていた並木が
春の匂いとともに一斉に淡いピンクに色づき始めたのを見て
なんだか胸にじーんとくるものがあった。

日本って、すごい。
日本って、すてき。


震災以降、日々の生活の中で感じ続ける漠然とした不安をぬぐいきれず
日本に、東京に暮らすということに、多少なりとも緊張感持ってきたのは事実。

それが消えることはないけれども、
それでも、こうして街中のいたるところがいっせいにピンクに染まり
人々がそれぞれの春を愛でている様子をみていると
やっぱり日本はいいな、四季があるっていいな、と心から思った。

たった1週間ほどの、この時を楽しむために
人々はこの木を街中に植えてきたんだなぁ。

日本人の心、ここにあり。




というわけで、今年は桜を存分に満喫しようと
ここ数日は花見一色。

土曜、家族で駅まで続く桜並木を散歩。
あいにく花曇りで少々肌寒かったけれど延々続く並木は圧巻。

日曜、お友達ファミリーと砧公園でお花見。
「砧は緑の芝に桜が映えてきれいだよ~」とのこと。
お弁当持ってピクニック気分、あぁ~夢にまでみたお花見~♪

と、うきうき向かった先は・・・

20120408115907 [640x480]
Oh my …

ものすごい人、人、人!
毎年来ている友達が今年は特にすごい!と言っていたけれど
それにしてもすごかった。

広大な芝生の広場は隙間なくレジャーシートで埋め尽くされ
緑に映えるもなにも、、、桜より人を見てると目が回るほど。
トイレには20m近い行列!!!

それでも皆がハッピーな感じで、
まさしく日本人を突き動かす桜パワーを見た1日。

そんな国民総出のお祭りムードもなんだかまたよし。



そして、月曜日。
いい加減体力的に疲れも感じられる中、
もう咲いてる間はめいっぱい満喫しなくては!と
学校帰りに今度は駒沢公園にて母子でお花見。

20120409141305 [640x480]
満開の桜のトンネル!
(いやぁ、昨日わざわざ砧行かなくてもこんな近くにいいところが、、、)

このトンネルの下を陣取っておやつ持ち寄りの放課後花見♪
本当に贅沢な春です。


明日の予報は雨模様。
これで今年の満開の桜も見納めかな。


10年越しの願い叶って十分に満喫した日本の桜の季節。
同じ気温20℃でも、香港と日本ではまったく違う体感温度だし、
日本の中でも春と、秋では、まったく違う空気の質だし、
その季節ごとに感じる気持ちも、思い出す記憶もさまざま。

私の気持ちや記憶がすべて日本の四季につながっているなぁ、と思うとき
以前は当たり前だったけれど、四季を感じる暮らしのありがたさを実感するのです。


香港も湿度が90%超えると春を実感するけどね(笑




















週明けまで学級閉鎖だし、ダンナさんはどうせ出張でいないし、
この際、岐阜に帰省でもしちゃおっかな~なんていう
母ののんきな企みをあざ笑うかのように
インフルのやつ、結局我が家にもやってきました。

「お招きありがとうございます」

おいおい、ほんと、お呼びじゃないから。


昨日、学校から出てくるなり顔つきがぼんやりしていたムスコ。
あ、、、やばい感じ???

帰り道も元気なく、これはと思って熱を測ると37.5℃。
とうとう来たな、、、(涙 

そして疲れてうたたねした後にはもうすでに39.5℃!
即小児科、即検査、即判定、「はいA型ですね」

それにしてもほんとすごいのね、インフルエンザの感染力って。
これで、あの日参加していた親子の中から10名近く感染確定。
うちのムスコも予防接種してたんだけど、やっぱりだめか~。

ただそれでも、予防接種効果がかすかに残っているのか否か、
症状はあまり重くなく、タミフルを飲んでから熱も38℃前後で推移して
今朝も微熱を残すのみ。しかもいつもの風邪よりなんだか機嫌はすこぶるいい。

いつもの風邪より、というよりは、最近のムスコより、と言ったほうがいいのかも。

ちょっと微熱出てるくらいが怒りパワーも軽減されてちょうどいいとか???


20120215115217 [640x480]

こんな感じでほんと「休んだ日の特別な昼間」を満喫中。

朝からTVみてもおこられないし、
ごはん残してもおこられないし、
ジュースのんでもOkだし、
お母さんは本読んでくれたりいつもよりやさしいし、

なんか、楽しそうだよねー、キミ。


私はと言えば、家の中でもマスク着用で必死の防御を続け
今のところは感染の気配なし。

だけど、まぁー、とにかくなんだか知らんが1日が長い!

いつもムスコを幼稚園に送り出している日は
「えー、もうお迎えの時間!時間が足りなーい!!!」なんていう具合なのに
なんだか今日は
「えぇ、まだ10時半、、、もう何してこの方の暇をもてあそんであげればいいのか、、、」
という具合にながーーーーーーーーーーい1日なのです。


この調子であと3-4日?!


苦しんでるよりはほんと全然いいけどね。
症状軽くてほんとすごくよかったけどね。


でもインフルエンザ菌と狭い家に軟禁は辛抱肝心のようです。












やだ~。

ムスコのクラス、明日から3日間学級閉鎖になってしまいました。
ということは週末を挟んで次は月曜日。もうまるっと1週間のお休み(涙

でも、まぁ、、それもそのはず。


実は先週末、同じクラスのお母さんと子どもたち総勢8組で
お友達のひとりが持ってるという箱根の別荘に旅行に行ってきたのです。

別荘持ってるお友達、、、なかなか出会ったこともなかったので興味津々。
そして到着してこれまたびっくり仰天!
別荘というよりはもう老舗旅館。

室内の設えはシックですっごく素敵だし、吹き抜けのリビングは半端なく豪華だし、
客室はホテルさながらだし、離れに温泉かけ流しの露天風呂がついてるし、
とにかくまぁ、想像を超えるスケールのお宅におじゃまして
大人も子供のおおはしゃぎの素敵な週末をすごしたわけです。


でもその夜、ひとりの子が発熱。
そんなに高熱でもなかったし、疲れかなぁ、、、と言いながら一夜明け、
次の日、まだ熱があったので一足お先に帰っていったのだけど、
なんとインフルエンザだったことが判明!

あ、あ、あ、、、もう一晩思いっきりいっしょに食べて、飲んで、
みっちり接触してしまいましたよ、、、


というわけで、なんとなく怪しい雲行きを感じつつも
素敵な週末の余韻に浸りながら大満足で帰路についた日曜日。


そして週明け。

その日に参加していなかったクラスメイトもふたりインフルエンザで欠席。
そしてもちろん、参加していた子供も熱やら咳やら症状が出始めて、、、
さきほど学校から連絡があり、明日から3日間の学級閉鎖が決定してしまったのです。


でも参加していない子も罹っているということは
きっと金曜辺りにクラスにウイルスが入り込んでいたのだろうけれど
知らぬが仏で、週末お泊り会も決行し、さらに広がっちゃったのかな、、、という推測。

幸い、うちのムスコは今のところ症状は出ていないけれど
これはもう時間の問題かも・・・(涙

あーん、今週お父さんいないのにー。
お父さんが1週間出張でいないときに限って体調崩したりするんだよね。

今回も母子二人で同時発症したらどうしよう・・・やだーーーー。


予防接種もあてにならないというし、あとはもう最後の悪あがき。
一生懸命ご飯食べて、ビタミン摂って、早く寝て、
いざというときに備えて体力つけて抵抗し続けるぞ!


元気なムスコと週末まで二人で時間つぶすのもたいがい疲れるけど
二人で発症して寝込んでるよりはマシだものね。


楽しかった週末だけど、大きなツケがまわってきました、とほほー。
早くみんなよくなって学校始まりますように!








| main | next »

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。